例によって楽しい会話?

先にも書いた通りで、統合失調症という仮診断。

で、病院の先生が言うことには、
統合失調症でも、素晴らしい業績を残した人は沢山いますから。夏目漱石さんや、ゴッホや…」
…黙って笑って聞き流しましたが。

夏目漱石さんって、確か、死因は胃潰瘍(おそらく、ストレス性)で、50歳にもならない内にお亡くなりになられていたような。
それから、実は神経質で、癇症だったという話もちらほら聞いたことがあるように思うんですが。

ゴッホって、生前は全くと言っていいほど評価されなかった(生きている間に売れた絵が一枚だけ、でしたっけ?)んじゃなかったでしたっけ?
自分の耳を切り落としちゃったりとか、最後は自殺(他殺説も最近語られていますが)だった気が。

(上記、自分のアテにならない記憶を元にしているので、記憶違いがあったら失礼…)

例にあげるなら、ジョン・ナッシュとかの方がまだふさわしいような気がします。
 <一般の人の知名度が低いので、それでは例に出すのにふさわしくないのかも知れませんが。それに、この人もエキセントリックな人生を送っているしなぁ…。


自分の病気のことをマジメに考えると、私の本当の病巣(?)って、実はものすごく自閉症傾向が強いことだったりするような気も…。
アスペルガー症候群と診断されている複数の知人(実際にその為に症状があり、苦しんでいる…らしい。)よりも、私の方が心理テスト上の自閉症傾向は「ずっと」上…。)

もっとも、この辺は、「社会に適応するのに困難を来たしていなければ」考え方とか個性とかいう言葉で片付けてもいい問題なので、私の場合には、「自閉症傾向が(心理テスト上)メチャクチャに高いのは、私の個性です。」とか言い切ってしまってもいいんでしょうけど、ね。(実際に症状があり、「社会に適応するのに困難を来たしている」場合には、私みたいに開き直ってしまって「個性です」とか言う訳には行かないのでしょうが。)

私の場合、傍から見れば苦しんでいるように全く見えないことも知っているし、本人が実は苦しんでいる局面でも周囲からは「全くそう見えない」ことも知っている。
そして、私は人に助けを求めるのがそもそも苦手なので、手に負えなさそうなことがあっても人の助けを借りようとはなかなかしない。
しかも、自分の心の問題、認知の問題、で苦しんでいる場合には、そもそも「どう相談したらそれを理解されるのか分からない」。

だって、私の「心」を私自身が「言葉」で語ろうとすれば、その「言葉」の選び方において「心」が動いてしまうので、「精密に観察(伝達)しようとすると姿を変えてしまう」わけで。
(何か「量子論」的な感じですね。どこか「不確定性原理」っぽい。)

…この辺、ものすごく難しい。
医師に自分の状態を話すにも、実はいつも「ものすごく」言葉を選んでいます。
でも、医師に、こちらが「言葉を選んでいる」ことを「悟られている」かどうかはとても「謎」。
「ものすごく」言葉を選んでいるくせに、喋りが流暢なので。(実際には、微妙に話しやすい話題をうまく挿入することで言葉が途切れないようにしている…のですが…。<って、普通に考えたら、相手がそうやって喋っているって分かるわけないかも…。)

うーん…。
難し過ぎる…。
精神科医って大変だなー。(他人事にして逃げます。)